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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)352号 判決

原告 薫岐

被告 法務大臣

代理人 伊藤一夫 重山正秋 ほか六名

主文

一  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

一  主位的請求

被告が平成五年一〇月一五日付けで原告に対してした在留資格の変更を許可しない旨の処分を取り消す。

二  予備的請求

被告が平成五年一〇月一五日付けで原告に対してした在留期間の更新を許可しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表第一の三所定の「短期滞在」の在留資格をもってわが国に在留していた中国国籍の原告が、被告に対し、法別表第二所定の「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可申請をしたところ、平成五年一〇月一五日付けで不許可とされ(以下「本件変更不許可」という。)、同日、被告に対し、従前の「短期滞在」の在留資格での在留期間の更新許可申請をしたが、これも同日付けで不許可とされたため(以下「本件更新不許可」という。)、それら不許可処分が違法であるとして、主位的に本件変更不許可の取消しを、予備的に本件更新不許可の取消しを求めた事案である。

二  以下の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、昭和一九年一〇月二九日、中国瀋陽市で出生した中国国籍を有する女性であり、平成二年一〇月二八日、「短期滞在」の在留資格(在留期間九〇日)を許可されてわが国に入国し、平成三年一月二一日、日本人の藤本勲(大正一三年二月四日生・以下「藤本」という。)と婚姻し、同月二二日、「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可(在留期間六月)を受け、その後、平成三年五月二二日及び同年一〇月二八日に各六月の在留期間の更新許可を受けた。

2  原告は、藤本が居住していた東京都江東区内のマンションで結婚生活を始めたが、平成三年五月ころから藤本と別居するに至り、同年一一月二八日、藤本を相手方として、東京家庭裁判所に調停の申立てをし、平成四年四月二七日、当分の間別居すること及び藤本が別居期間中の婚姻費用として毎月一万五〇〇〇円を原告に支払うことを内容とする調停が成立した。

3  原告は、平成四年五月二二日、生活の維持などを理由として在留期間の更新許可を申請したところ、被告は、原告が藤本と別居状態にあったことなどから、更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、同年一〇月三〇日付けでこれを不許可とした。

そこで、原告は、平成四年一一月一六日、「短期滞在」への在留資格の変更許可を申請し、同日、出国準備を理由に「短期滞在」への在留資格の変更許可を受けた(なお、同時に九〇日の在留期間の更新許可がされ、その在留期間は平成五年一月一八日までとされた。)。

4  原告は、平成四年一一月一八日、藤本を相手方として、同居を求める夫婦関係調整の調停を東京家庭裁判所に申し立てたが、藤本が同居を拒否し合意に至る可能性がなかったため、同年一二月二五日これを取り下げたうえ、平成五年一月一一日、藤本及び馬列を被告とし、藤本の不貞行為などを理由として五五〇万円の慰謝料の支払を求める損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起した(東京地方裁判所平成五年(ワ)第三四九号。以下「別件訴訟」という。)。

5  原告は、平成五年一月一二日、別件訴訟の当事者として手続に関与することを理由に「短期滞在」の在留資格での在留期間の更新許可を申請し、同月一八日その許可を受け、その後、同年四月一三日及び同年七月一三日、別件訴訟が係属中であることを理由に在留期間の更新許可を申請し、いずれもその許可を受けた(右三回の更新許可に係る在留期間は各九〇日であり、最終の在留期限は平成五年一〇月一五日までとされた。)。

6  原告は、平成五年一〇月一四日、別件訴訟において藤本と同居の方向で和解ができる見通しとなったことを理由として「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可を申請したところ(以下「本件変更申請」という。)、被告が同月一五日付けで「在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がない」としてこれを不許可(本件変更不許可)としたため、同日、別件訴訟の審理に関与することを理由として「短期滞在」の在留資格での在留期間の更新許可を申請したが(以下「本件更新申請」という。)、これも同日付けで「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない」として不許可(本件更新不許可)とされた。

三  争点

1  主位的請求について

(一) 本件変更不許可の時点において、原告が変更を希望する「日本人の配偶者等」の在留資格に該当するための要件を具備していたかどうか。

(二) 原告が右要件を具備するとした場合、原告について「日本人の配偶者等」の在留資格への変更を認めなかった被告の判断に裁量権を逸脱・濫用した違法があるかどうか。

2  予備的請求について

「短期滞在」の在留資格での在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断に裁量権を逸脱・濫用した違法があるかどうか。

四  争点に関する当事者の主張

(被告の主張)

1 主位的請求の争点(一)について

日本人と婚姻した外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格に該当するためには、単に法的に有効な婚姻関係が存在するだけではなく、当該外国人がわが国において日本人の配偶者の身分を有する者としての活動(以下「日本人の配偶者としての活動」という。)を行おうとする者であること、すなわち、日本人と同居・協力・扶助し、共同して婚姻生活を営もうとする者であることが必要である。

原告は、藤本と約五か月同居しただけで、その後は藤本と私的に接触することもないまま長期間別居しており、藤本は既に離婚の意思を固め、原告も真摯に藤本との婚姻関係の改善を図ろうとしておらず、かえって、藤本及び馬列を被告として別件訴訟を提起しているのであって、本件変更不許可の時点においては、本件変更申請の理由とされた藤本との同居再開の見込みがなかったばかりか、原告と藤本の婚姻関係は完全に破綻し、もはや夫婦としての活動を行うという意思もその可能性も全くない状態にあった。

したがって、原告は、本件変更不許可当時、日本人の配偶者としての活動を行おうとする者には当たらず、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いていたから、「日本人の配偶者等」への在留資格の変更許可を行う余地がない。

2 主位的請求の争点(二)について

在留資格の変更許可申請を相当と認めてこれを許可するかどうかの判断は、事柄の性質上、出入国管理行政を所轄する責任を負う行政庁である被告の広汎な裁量に委ねられていると解すべきである。

仮に、原告が「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を具備していたとしても、本件においては、〈1〉原告と藤本との婚姻関係が破綻していること、〈2〉 原告は、藤本と別居していたのに同居しているかのごとく装って「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新許可を申請し、過去二度にわたってその許可を得ていたこと、〈3〉 別件訴訟において、原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格を取得するため、藤本との間で、表向きは同居するという形で和解し、その裏では別居状態を継続したうえ期間を置いて離婚するとの合意をすることを画策していたことからすれば、本件変更申請を不許可とした被告の判断は、その裁量権の範囲内でされたものというべきである。

3 予備的請求の争点について

在留期間の更新を許可すべきかどうかの判断は、在留資格の変更許可と同様、被告の広汎な裁量に委ねられていると解すべきである。

別件訴訟は、訴えの提起時から訴訟代理人が選任されており、本件更新不許可までの間に、訴訟代理人との間で訴訟に関する打合せをするのに十分な期間があったということができるし、原告自らが本人尋問などのために裁判所に出頭する必要がある場合には、その都度入国できるのであるから、別件訴訟の追行を理由とする本件更新申請はこれを容れる必要がなく、本件更新不許可は相当であって、被告の裁量権の範囲内でされたものである。

(原告の主張)

1 主位的請求の争点(一)について

「日本人の配偶者等」の在留資格に該当するためには、日本人との間に法的に有効な婚姻関係が存在することだけで足りると解すべきであり、婚姻関係が破綻しているからといって、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当しないことになるものではない。婚姻関係が破綻したときは「日本人の配偶者等」の在留資格に該当しないとすると、婚姻関係を修復する機会や適正な手続による離婚の機会を奪うことになり、憲法二四条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権B規約」という。)二三条に違反する。

のみならず、後記のとおり、本件変更不許可当時、原告と藤本との婚姻関係が完全に破綻していたということはないから、この点に関する被告の認識は誤りである。

したがって、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いているとしてされた本件変更不許可は違法である。

2 主位的請求の争点(二)について

在留資格の変更許可の可否につき被告の裁量があるとしても、日本人と外国人との婚姻も憲法二四条や人権B規約二三条でその保護が保障されていることに照らせば、その裁量の範囲は限定されているものと解すべきであり、日本人と婚姻関係にある原告については、「日本人の配偶者等」の在留資格での在留を認めることによってわが国の公益が現実に侵害される危険がある場合に限り、本件変更申請を不許可とすることができるにすぎないというべきであるから、私人間の婚姻関係の実態という公益に無関係な私事に関わる事項をとらえてその許否の判断の基礎とすることは許されず、これを考慮してされた本件変更不許可は、考慮すべきでない事項を考慮してされた違法なものである。

仮に、私人間の婚姻関係の実態を考慮することができるとしても、藤本は平成四年四月以降原告に婚姻費用を月々支払っており、本件変更不許可当時、原告と藤本との間の夫婦としての扶助関係は継続していたし、原告及び藤本のいずれからも離婚そのものを求めて調停ないし訴訟手続を申し立てたことはなく、その婚姻関係が完全に破綻していたわけではないから、本件変更不許可は、判断の基礎となった事実を欠く違法なものである。

3 予備的請求の争点について

本件更新不許可は、原告から別件訴訟への実質的関与の機会を奪うもので、憲法三二条に違反するのみならず、原告は、藤本と別居したことによりやむなく「日本人の配偶者等」から「短期滞在」の在留資格への変更許可を受けたものであり、別件訴訟も藤本との夫婦関係修復の機会を得る目的で提起したものであることなどからすれば、本件更新不許可は、婚姻関係上の諸権利を保護した憲法二四条や人権B規約二三条の趣旨に反し、原告が日本人の配偶者としての地位を有することを不当に軽視ないし無視するものであって、裁量権を逸脱・濫用した違法な処分である。

第三争点に対する判断

一  主位的請求の争点(一)について

1  外国人の在留資格は、法別表第一又は別表第二の上欄に掲げられているとおりであり、別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者はわが国において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者はわが国において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができるとされ(法二条の二第二項)、また、上陸審査においても、入国審査官は、当該外国人の申請に係るわが国において行おうとする活動が別表第一の下欄に掲げる活動又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動のいずれかに該当することを審査すべきものとされている(法七条一項二号)ことなどからすると、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目して、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えて、その入国及び在留を認めることとしているものと解されるから、日本人と法律上有効な婚姻関係にある外国人が、在留資格の変更許可を受けて「日本人の配偶者等」の在留資格を付与されるためには、当該外国人がわが国において行おうとする活動が、日本人の配偶者としての活動に該当することが必要となるというべきである。

もっとも、法別表第二の「日本人の配偶者等」の下欄には、日本人の配偶者としての活動の内容が個別的・具体的に定められておらず、その活動の範囲を具体的に認識できるような規定も見当たらないから、結局は、社会通念に従って、その内容・範囲を判断するほかないが、たとえ日本人と法律上の婚姻関係にあるとしても、既にその婚姻関係が回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、継続する意思もなく、婚姻関係がその実体を失い形骸化しているような場合には、もはや社会通念上夫婦としての活動を行う余地があるとはいえないから、かかる外国人配偶者がわが国で行う活動は、もはや夫婦としての活動というよりも、就労など他の目的をもった活動というべきであって、そのような者についてまで、日本人の配偶者としての活動を行おうとする者に当たるということは困難であり、「日本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないといわざるをえない。

2  原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件としては、当該外国人と日本人との間に法的に有効な婚姻関係が存在することだけで足りる旨主張するが、前示のとおり、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えることとした趣旨と解すべきであって、「日本人の配偶者等」の在留資格も、当該外国人が、わが国でその身分を有する者としての活動として社会通念上予想される活動を行うことに着目して、これを認めることとしたものとみるのが相当であり、そのように解したからといって、憲法二四条及び人権B規約二三条に反するものといえないことはいうまでもなく、原告の主張は採用することができない。

3  そこで、原告が、本件変更不許可の時点において、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を具備していたかどうかについて検討するに、前記争いのない事実と〈証拠略〉を総合すると、以下の事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告は、中国瀋陽市で美容院の仕事に従事していた者であるが、昭和六二年ころ、中国を訪れた藤本と知り合って交際を始め、結婚を決意して来日し、平成二年一一月三日、わが国で藤本と結婚式及び披露宴を行い、平成三年一月二一日、藤本との婚姻の届出をした。

原告と藤本は、藤本が賃借していたマンションに同居し、原告は日本語学校に通うなどしていた。

(二) その後、原告が、藤本と中国人女性馬列との情交時の状況を録音したテープを発見したことから、藤本と喧嘩となり、平成三年五月一一日、藤本は右マンションを出て原告と別居するに至った。

原告は、別居後も、右マンションで生活をしていたが、平成三年九月末、料金不払で水道、ガス、電話が止められたため、川崎市多摩区登戸新町の知人宅に転居した。

(三) 原告が転居した後、右マンションに戻った藤本は、平成三年一一月二七日、来日中の中国瀋陽市職員を同伴して右マンションを訪問した原告と生活費などについて話し合ったが、結論は出ず、平成四年九月には、東京都江東区木場六丁目三番一八号伊藤方三〇三に転居した。

(四) 原告は、平成三年一一月二八日、藤本を相手方として、藤本が他の女性と肉体関係があり、結婚前の約束を守らないで生活費を渡さないなどとして、離婚と慰謝料三〇〇万円の支払を求める調停を申し立てたが、右調停手続の過程で、平成四年四月二七日、当分の間別居すること、藤本は別居期間中の婚姻費用として毎月一万五〇〇〇円を原告に支払う旨の調停が成立した。

右調停成立後、藤本は、平成四年四月から一年位の間、毎月一万五〇〇〇円を原告に支払っていたが、その後支払うことができなくなり、裁判所から支払の勧告を受けるなどして、平成七年三月以降毎月五〇〇〇円だけを支払っている。

(五) 原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新許可申請が平成四年一〇月三〇日付けで不許可となり、その後、弁護士に委任して、同年一一月一八日、藤本に対し同居を求める夫婦関係調整の調停を東京家庭裁判所に申し立てたが、同年一二月二五日に開かれた調停期日に出頭した藤本が、原告は挙式後藤本に対し長男の教育費として三〇〇万円を支払うよう求めるなど結婚後その態度を豹変させたとして、自分としては原告と離婚する意向であり、今後も同居するつもりはないなどと主張したため、原告は、同日、合意に至る可能性がないとして調停申立てを取り下げ、平成五年一月一一日、別件訴訟を提起した。

(六) 別件訴訟において、藤本は、原告との不仲の原因は、原告が長男の教育費として三〇〇万円もの不当な金銭要求をしたことや藤本がこれを断ると婚姻継続に非協力な態度に終始したことなどによるものであるとして、原告の言い分とは全面的に異なる事実を主張し、原告を非難していたものであり、藤本には、原告と同居して夫婦生活を継続しようという意思は全くなく、このことは別居後今日まで一貫して変りがない。

なお、右訴訟において、平成五年七月一六日及び同年八月三〇日に和解の期日が設けられ、別件訴訟の原告の訴訟代理人は、右八月三〇日の期日前に、藤本の訴訟代理人に対し、両者の同居を内容とする和解条項案とともに、次の趣旨を記載した「合意書」案を送付した。

〈1〉 和解条項にかかわらず合意成立の日から二年間同居する形式だけをとるものとし、実質は別居して生活する(住民票と外国人登録を一致させる。)。

〈2〉 合意成立の日から二年後に藤本と原告とは離婚する。

〈3〉 藤本は原告が「日本人の配偶者等」の在留資格の取得及びその更新(合計二年間在留できるようにする。)ができるようにするため、全面的に協力する。

〈4〉 右〈1〉ないし〈3〉に反する行為をしたときは、違反者は相手方に五〇〇万円を支払う。

しかし、当日は、和解が成立せず、次回期日は追って指定とされた。

(七) 原告は、右和解の話が行われた後の平成五年九月一日、実際には住んでいなかったにもかかわらず、また、藤本に知らせることもなく、外国人登録上の居住地を当時の藤本の住所(前記伊藤方)に変更したうえ、同年一〇月一四日、「最近になり、同居する方向で和解ができる見通しとなった」ことを理由とし、弁護士佐藤恭一を身元保証人として、本件変更申請をしたが、翌一五日付けで本件変更不許可がされたため、さらに同日、係属中の別件訴訟の「審理に関与するため」を理由に、本件更新申請をしたが、本件更新不許可がされた。

(八) 原告は、平成五年中には、知人とともに肩書住所地に転居し、アルバイト収入によって生計を立てているが、別居後、藤本とは平成三年一一月の話合いの際に一回会った以外には、前記の調停や別件訴訟の手続中に裁判所で顔を合わせるというだけで、その間、原告から藤本に関係修復に向けて連絡をとったこともなく、互いに転居しても住所を知らせるということもしていない状況にある。

なお、原告は、平成六年一一月一一日、別件訴訟を取り下げた。

4  右認定のとおり、原告と藤本は、僅か半年程度同居しただけで、その後別居し、本件各不許可の時点まで約二年五か月もの間別居状態が続いており、その間、調停や別件訴訟の手続で顔を合わせる以外には、互いに連絡を取り合うこともないまま、夫婦としてその関係を修復する真摯な努力をしようともせず、それぞれ自分たちの生活を営んでいたものであって、本件各不許可当時においては、既に、藤本はもとより原告もまた、近い将来同居して互いに夫婦生活を維持、継続していく積極的な意思を失っていたことが窺われることのほか(殊に、別件訴訟の和解の過程で原告の訴訟代理人が提案した前記「合意書」案からすると、当時、原告としては、藤本との別居状態を解消し正常な婚姻生活を営むということよりも、「日本人の配偶者等」の在留資格を得て、従前同様、わが国に在留できることにその主たる関心があったのではないかと推測される。)、別居の経緯など前記認定の諸事情に照らすと、藤本が婚姻費用の分担金として一時期原告に僅かの金員の支払をしていたことを考慮しても、本件変更不許可の当時、原告と藤本との婚姻関係は、既に回復し難い程に破綻し、その実体を失って形骸化していたものとみるのが相当である。

5  そうすると、原告は、本件変更不許可の時点において、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動を行おうとする者に当たるということはできないから、原告について「日本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないことになり、本件変更不許可は適法であるということができる。

したがって、本件変更不許可の取消しを求める原告の主位的請求は、その余の点(争点(二))につき判断するまでもなく、理由がないというべきである。

二  予備的請求について

1  外国人の申請する在留期間の更新を許可するかどうかは、国益保持の見地から、申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の行状や国内外の情勢など諸般の事情を総合的に勘案して行われる被告の裁量的判断に委ねられているものと解される。しかし、その裁量権ももとより無制限なものではなく、被告の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるようなときは、その判断は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法となると解すべきである。

2  ところで、本件更新申請は、別件訴訟の追行を理由としてされたものであるが、〈証拠略〉によれば、右訴訟については訴え提起の時点から訴訟代理人が選任されていたことが認められ、訴え提起時から本件更新申請までの間には約九か月の期間があり、その間に和解のための期日も設けられていたのであるから、原告が別件訴訟の追行に関し訴訟代理人と打合せを行う時間的余裕は十分にあったというべきであり、また、原告がわが国から出国した後も当該訴訟代理人を介して訴訟を追行することはもとより可能であるし、仮に自ら出廷する必要が生じたときは、その時点で改めて「短期滞在」の在留資格でわが国に入国することもできると考えられるから、原告にわが国での在留を許されなければ、別件訴訟の追行が著しく困難となるとまでいうことはできず、本件更新不許可が社会通念上著しく妥当性を欠くということはできないし、憲法三二条に違反するなどということもできない。

3  原告は、本件更新不許可は原告が日本人の配偶者としての地位を有することを不当に軽視ないし無視する点で違法である旨主張するが、前記のとおり、原告と藤本との婚姻関係は既に回復し難い程に破綻し、互いに夫婦生活を維持、継続していく積極的な意思を失っていたものであるところ、原告が単に法律上日本人の配偶者としての地位にあるからといって、当然に「短期滞在」の在留資格による在留継続の必要性・相当性を肯定することはできないというべきであるから、原告に「短期滞在」の在留資格での在留の継続を相当と認めなかった被告の判断が社会通念上著しく妥当性を欠くものとはいえないし、憲法二四条及び人権B規約二三条の趣旨に反するということもできず、原告の主張は失当というほかない。

したがって、本件更新不許可の取消しを求める原告の予備的請求もまた理由がないというべきである。

三  結論

以上の次第で、原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤久夫 橋詰均 徳岡治)

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